
森山 奈美
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| 1973年 | 石川県七尾市生まれ 七尾市立山王小学校、七尾市立東部中学校 卒業 |
|---|---|
| 1988年4月 | 石川県立七尾高等学校普通科入学 七尾のまちづくりに携わりたいという志を持つ |
| 1991年4月 | 横浜国立大学工学部建設学科建築学コース 入学 混声合唱団でパートリーダーを務める |
| 1995年3月 | 横浜国立大学工学部建設学科建築学コース 卒業 卒業論文「市民によるまちづくりのネットワーキングに関する研究」が水煙会賞を受賞。 |
| 1995年4月 | 株式会社 計画情報研究所 入社 念願かなって、七尾のまちづくりに携わる。道路計画、地域振興計画等を担当。 |
| 1998年12月 | ある業務がきっかけで、計画の実現には「民間まちづくり会社」が必要だと考え、自主的に企画書を作成して関係者に提案。その後、民間まちづくり会社の設立へと動き出す。 |
| 1999年6月 | 株式会社 御祓川 チーフマネージャー兼務 |
| 2007年9月 | 株式会社 御祓川 代表取締役就任 |

春木 雄二
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1967年生まれ、現在44歳
地元高校を卒業して大手旅行会社に就職する。
旅行会社での営業経験を活かしインターンシップ受入先企業や大学生に対してのコーディネーターを行います。
自分の将来に不安を感じたら先ず行動しよう!
私自身は、高校卒業してすぐに就職しました。
コーディネーターに携わって思いますが、大学生が就活をしても中々就職出来ない状況を知り唖然としております。
「2社3社は当たり前、中には、10社の面接?」
「七尾でも同じ状況?いやそれ以上かも?」
能登に大学が無い現在、若者の感性や実行力を試す機会・場が少なくなっております。
そんな機会や場所を提供して学生の起業家精神を養い、且つ、将来のスキルアップにつなげてもらおうと考えたのが能登留学(能登でのインターンシップ)です。
これからの若者が自分の時間を投資して自分の為に、受入してくれた企業の為に100%の力を出し切る事が出来ます。
自分の将来に不安を感じたら先ず行動しよう!
きっと 何かが見つかります!
きっと 将来の役に立ちます!
そんな、本気のインターンを能登でやってみませんか?

上田 孝輔
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1988年生まれ、22歳。
兵庫県宝塚市出身、学生のうちは金沢市で過ごす。
理想の学生生活とのギャップに戸惑い大学中退し、レストランに半年間勤務。
その後社長の厚意で御祓川入社、2009年12月能登デビュー。
まちづくりに必要不可欠な若いエネルギーを存分に発揮(?) 。自分の御祓川での経験を”能登留学の原形”と考え 学生視点でインターンシップを提供するコーディネーターを行っている。
能登の魅力、能登の仕事、能登の暮らし
私が以前働いていたレストランでのシェフの言葉を紹介します。
「お前は俺に給料を払わせて、さらに料理の勉強までさせてもらっているという自覚を持て。」
学生の内は大学にお金を出して勉強を教えてもらう、どこかお店とお客の関係に似ているものがあります。
しかし社会に出ると、仕事を作ったり仕事をこなしたりというのは必然であり、求められる最低限の事項です。
学生では絶対に感じられない現場の生の声。聞きたくなくて耳を閉じる人もいるでしょう。
それを自ら飛び込んで聞きに来る、仕事をしに来る人達に対して私達は成長の機会を提供することができます。
インターンシップという一言では到底片づけられない、能登の魅力、能登の仕事、能登の暮らしを探しにきてください。

森山 明能
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1983年七尾市生まれ、27歳。
2003年3月石川県立七尾高校を卒業。
同年4月に慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)総合政策学部に入学し、
ランドスケープ・経営学・地域づくりなどについて学ぶ。
また大学時代は100人規模のアカペラサークルに所属し、コンサート作りと歌うことに打ち込んだ。
2007年同校を卒業し、株式会社ナナオに入社。
大阪での国内営業勤務と本社(石川県)での海外営業部勤務を経て2010年8月退社。
同年9月株式会社御祓川へ入社し、インターンコーディネーターになる。
能登留学が演出する出会いと縁
人生で「あ~この人に会えてよかった~」って思ったこと何回ありますか?
友達、家族、学校の先生、地域の人…頭をよぎった顔はいくつありますか?
将来、自分自身の人生やキャリアを振り返った時、必ずそこには会えてよかったなと思える人達が登場するはずです。
いかにそんなステキな人たちとの出会いと縁を演出できるかが僕の仕事です。
さぁ、挑戦の扉を開いて、出会いと縁の舞台に立ちましょう!








あなたのチャレンジの場をつくることが私のチャレンジです。
私が、七尾のまちづくりに携わりたい、という将来の夢を持ったのは高校生のときでした。
とにかく七尾を元気にしたい!その想いだけは人一倍ありましたが、具体的にどのようなことをすればよいのか、何も分からないまま「市民によるまちづくり」というテーマを持って、大学で都市計画を学びました。
その頃は、インターンシップは一般的ではありませんでしたから、大学時代の社会との接点は、市民のまちづくり活動に参加することでした。私はそこで、現在の活動の原点となる「ワークショップ」に出会ったのです。
社会人になって、コンサルタントとして七尾のまちづくりに携わるようになりました。そこで担当した業務の中で、ワークショップで市民の意見を取り入れて計画を立案することを思いつきました。「市民がまちづくりに参加できる場をつくること」それが、もしかしたら私の役割ではないか?
その想いが、私の心に湧き上がってきたとき、本当にお腹の底から胸が熱くなるのを感じたのです。自分の使命に気づいた瞬間だったと思います。
現在、民間まちづくり会社にて、能登留学を含むいくつかのプロジェクトに取り組んでいますが、どの取り組みも、七尾や能登を元気にするための私自身の挑戦です。学生時代に経験したことや出会った人々が、確実に現在の仕事の糧になっています。 迷いながらも、行動を起こしてきたことが、後から見るとすべて繋がってくるという感覚があるのです。渦中にいるときは分からないかもしれません。
能登留学を通して、若い人々がこの能登の地で成長していくことに関われることが私の喜びです。
皆さんと一緒に、能登の様々な地域課題に挑戦していきたいと思います。