能登留学とは

能登とは

日本海に突き出た能登半島。ここは、古くは大陸文化の玄関口として栄えた地域です。
三方を海に囲まれていますから、里山里海の恵みを受けて、豊かなライフスタイルがあります。
同時に、県都金沢から1時間以上離れた交通不便な土地でもあります。
そんな能登に留まって、自分を磨くことには、どんな意味があるのでしょう。

里山・里海に恵まれたフィールド
能登の自然とにかく自然が非常に身近なところにあります。能登の持つもっとも大きな資源である里山・里海には、チャレンジの種がたくさんあるだけでなく、わざわざ「エコ」とか「ロハス」と言わなくても、持続可能な自然との共生の姿があるのです。迷ったときには山や海など自然の大きさが、あなたを癒してくれるでしょう。


挑戦にふさわしいフィールド・能登
きりこ祭り加賀百万石を築いた前田利家。彼が最初に城持ち大名として、城下づくりに挑戦した地は、能登の国・七尾でした。また、七尾市出身の桃山時代の画家、長谷川等伯は、絵師としてのチャレンジをこの能登の国からはじめ、人生50年と言われた時代に、50歳を過ぎてから京都で大成しました。さらに、明治の初期に七尾市に置かれた語学所では、青年オーズボンが教鞭をとり、そこで日本の近代科学者として名高い櫻井錠二やアドレナリンの発見で著名な高嶺譲吉らが学びました。
この能登の地は、古くから若者が学び、そこから大成していくという苗床のような地域だったのです。


能登はやさしや土までも・人までも
能登の人々能登の地は「能登はやさしや土までも」という言葉があります。人はもとより土までも優しい(柔らかい)という意味です。それほど、人情味にあふれる土地なのです。外から来た人を温かく迎える客人(まれびと)文化、血のつながらない親子の縁をむすぶという烏帽子親子制度が現在も続いています。きっと受入企業の大人たちは若者のあなたを優しく迎え、そして厳しく育て、心からつきあってくれることでしょう。能登での暮らしは、お金以外の価値がたくさんあるということを気づかせてくれる経験になると思います。